北海道日本100名城

【松前城】海防最強の幕末の城郭!しかし、土方歳三に陸から攻められて即日落城(北海道松前町)

Data

築城:1600年(慶長けいちょう5年)
築城主:松前慶広まつまえよしひろ

主な城主:松前崇広たかひろ(幕末の老中ろうじゅう
所在地:北海道松前町松城まつしろ
所要時間:2時間

Point

蝦夷えぞ(北海道)の南西部を拠点にした「松前まつまえ家」の居城
   ・松前家は「若狭わかさ武田たけだ家」(武田信玄しんげんの遠い親戚)の末裔とも
   ・はじめは蠣崎かきざき城(青森県むつ市)を拠点として「蠣崎」と名乗る
     →蝦夷に勢力を伸ばして「大館おおだて」(北海道松前町)を拠点にする
■「蠣崎(松前)慶広よしひろ」が上洛して豊臣秀吉とよとみひでよしに臣従
    →秀吉の死後、徳川家康とくがわいえやすに従って新拠点の「松前」と改名!
■1600年(慶長5年)から新たな居城の築城を始めて6年後に完成
    →松前城の前身となる「福山館ふくやまだて」の誕生!
  ※松前家は「城主格」(城主ではないけど城主と同格)というランクだったので、
          正式には「城」ではなく「館」と呼ばれた
■1849年(嘉永かえい2年)に海防のために「松前崇広たかひろ」が築城を命じられる
   →福山館が改築されて5年後に「松前城」(正式名称は「福山城」)が完成!
   ※備後びんご(広島県)の福山城と混合するので、松前城や松前福山城と呼ばれた
■砲台16基・大砲37門を備えた津軽海峡を見渡す海防のための城郭だったが…
    →1868年(明治元年)の「戊辰ぼしん戦争」で土方歳三ひじかたとしぞうから攻められて即日落城
■明治時代に天守・本丸表御殿おもてごてん・本丸御門ごもん以外の建築物を解体
→石垣は撤去されて、堀も埋め立てられるなど破城が進められた
・天守は1949年に失火するも、1961年に再建される!
・本丸表御殿は松城小学校の校舎となるも1900年に解体、玄関が現存する

パラメーター(5段階)

防御力     ★★
映えレベル   ★★★★★
知名度     ★★★
アクセス    ★★
対・陸地戦   ★

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