大河ドラマ『どうする家康』お城とかの写真集愛知県

【大給城】衝撃の巨石&石垣!岩山に築かれた“松平一族”の戦国の城!(愛知県豊田市)

Data

築城:応仁おうにん文明ぶんめい年間(1467~86年)?
築城主:長坂ながさか新左衛門しんざえもん松平まつだいら乗元のりもと
主な城主:大給おぎゅう松平家
所在地:愛知県豊田市 大内町おおうちちょう城下しろした

所要時間:90分

Point

応仁おうにん文明ぶんめい年間(1467~86年)頃に国衆の「長坂新左衛門」が館を築城?
→松平信光のぶみつが攻め落として、息子(松平親忠ちかただ)が城主となる
◯「松平信光」…徳川家康の6代前の先祖
 (松平親氏ちかうじ泰親やすちか信光親忠長忠ながただ信忠のぶただ清康きよやす広忠ひろただ松平元康もとやす[家康])
大給おぎゅう城には松平親忠の息子の「松平乗元のりもとが城主に就任
→1507〜10年(永正えいしょう4〜10年)に、息子(松平乗正のりまさ)と共に城郭を改築
「大給松平家」の始まり!
 ・家祖は松平乗元、その後は松平元康(徳川家康)の家臣に
 ・1575年(天正3年)に同族の滝脇たきわき松平家に攻められ落城
 ・1590年(天正18年)に家康の関東移封に従って那波なわ藩(伊勢崎市)に移転し廃城に
 ・末裔は江戸時代に府内ふない藩(大分市)や奥殿おくとの藩(岡崎市)&龍岡藩(佐久市)、岩村いわむら藩(恵那市)の藩主に

パラメーター(5段階)

防御力     ★★★★
映えレベル   ★★★★
知名度     ★★
アクセス    ★★
ビックリ巨石度  ★★★★★