大河ドラマ『どうする家康』お城とかの写真集愛知県

【松平城】家康のルーツofルーツ!松平&徳川家、発祥の地【松平氏館・高月院】(愛知県豊田市)

Data

築城:応永おうえい年間(1394〜1428年)?
築城主:松平まつだいら親氏ちかうじ
主な城主松平太郎左衛門たろうざえもん家(松平ごう松平家)
所在地:愛知県豊田とよた市 松平ちょう 三斗蒔さんどうまき

所要時間:120分

Point

応永おうえい年間(1394〜1428年)に「松平親氏ちかうじ」が築城?
◯「松平親氏」(家康の8代前の先祖)
・関東で合戦に敗れて「徳阿弥とくあみ」と名乗り諸国を流浪るろう
・松平に辿り着き、現地の豪族の「在原信重ありわらののぶしげ」の娘婿むすめむこになり後継者に
・「松平 太郎左衛門たろうざえもんのじょう 親氏」と名乗り、松平(徳川)家がスタート!
 ※松平親氏ー泰親やすちか信光のぶみつ親忠ちかただ長忠ながただ信忠のぶただ清康きよやす広忠ひろただー徳川家康
■松平信光(親氏の孫)が「岩津いわづ城」(岡崎市岩津町)に移るまで松平本家の居城に
■本家が移転後は分家の「松平信広のぶひろ」(親氏の長子、信光の叔父)が城主に就任
→「松平太郎左衛門たろうざえもん家」(松平郷 松平家)がスタート!
■松平城を詰めの城にして、北にある「松平氏館」を居館として使用
→松平城は戦国時代に改築されたが、文禄ぶんろく年間(1592〜95年)頃に廃城に?
■松平太郎左衛門家は江戸時代には小禄しょうろく旗本はたもととして存続
→子孫は大正時代まで松平氏館の場所で暮らしていた
 ・松平館跡と松平城の間の山に「松平太郎左衛門家」の墓所がある
 ・館跡には徳川家康を祭神とする「松平東照宮とうしょうぐう」が建つ
◯「松平東照宮」
 ・元は松平氏館の屋敷神やしきがみだった八幡宮はちまんぐうで、家康の産湯うぶゆの井戸が残されている
 ・1619年[元和元年]に家康、1965年には松平親氏が合祀された

■松平城と松平氏館(松平東照宮)は、大給城と高月院こうげついんと共に「松平氏遺跡いせき」に指定
 ※「高月院」…在原信重が創建、松平親氏などの墓が残る松平家の菩提寺ぼだいじ

パラメーター(5段階)

防御力     ★★★★
映えレベル   ★★★★
知名度     ★★
アクセス    ★★
松平&徳川聖地度  ★★★★★