大河ドラマ『鎌倉殿の13人』神奈川県

【衣笠城】激闘「衣笠合戦」!鎌倉殿の重臣「三浦一族」の城(神奈川県横須賀市)

Data

築城:1063年(康平こうへい6年)頃?
築城主:三浦みうら為通ためみち義澄よしずみの高祖父)
主な城主:三浦家(為通ー為継ためつぐ義継よしつぐ義明よしあきー義澄ー義村よしむら
所在地:神奈川県横須賀市衣笠きぬかさちょう
所要時間:90分

Point

■鎌倉幕府の有力な御家人ごけにんとなった三浦みうら一族の居城
 →三浦氏は「桓武かんむ平氏(桓武天皇をルーツに持つ平氏一族)の系譜」
    →平為通ためみちが三浦(御浦みうら)の地を与えられて「三浦為通」と名乗る
     ※三浦為通は『鎌倉殿の13人』の1人「三浦義澄よしずみの高祖父(祖父の祖父)
■1063年(康平こうへい6年)頃、三浦為通が衣笠城の麓に館を構える?
     →衣笠城は戦国時代の山城とは異なり、堀や土塁などの防御施設はほぼ無い
     (平安時代〜鎌倉時代の「城」は“要害の都市”というような意味合い)
■1180年(治承じしょう4年)「衣笠合戦」
  ・三浦一族は源頼朝の挙兵に参加したため平家の軍勢に攻め落とされる

      ・三浦家の長老「三浦義明」(義澄の父)は討死 ※城下で切腹したとも
  ・攻め落としたのは畠山はたけやま重忠しげただ(三浦義明の孫、母が三浦義明の娘だった)
■1247年(宝治ほうじ元年)「宝治合戦」
  →北条時頼ときより(泰時の孫)が三浦泰村やすむら(義澄の孫)など三浦一族を滅ぼす
  →衣笠城一帯は三浦家の支配下から離れる(衣笠城も廃城に?)
■近隣には源頼朝が三浦義明を弔うために建立した満昌寺まんしょうじもある

パラメーター(5段階)

防御力     ★★
映えレベル   ★★
知名度     ★
アクセス    ★★
石碑設置度      ★★★★★

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